
迷路
私が迷路を描いているのは、迷路に描画を追体験するための装置としての可能性を期待したからです。私は絵を見る時、視覚をつかって画面上をくまなく探索します。そうすることによって、絵を描く作者の動作や絵の具を画面にのせる時の緊張感、そして作者の眼の動きまでもが画面から立ち上がってくるように感じるのです。 菅 定

私が迷路を描いているのは、迷路に描画を追体験するための装置としての可能性を期待したからです。私は絵を見る時、視覚をつかって画面上をくまなく探索します。そうすることによって、絵を描く作者の動作や絵の具を画面にのせる時の緊張感、そして作者の眼の動きまでもが画面から立ち上がってくるように感じるのです。 菅 定